鳩たちの倦怠

 大雪の夜から二日が経った。雪の海の底に深く沈んでいた街も灰色の毛細血管のように張り巡らされた街路を中心として半ばその普段の景観を取り戻しつつある。しかし、歩道と車道を区切る四角い植え込みの列や古めかしいアパートと個人経営の床屋の間にある物静かな空き地、麒麟の滑り台と青いベンチだけが置かれている寂しい公園や冬になるまでクローバーの葉が緑の沼のように密生していた野原などはそこだけ時が止まったかのように未だ分厚い雪に覆われていた。そういった場所の多くは街で生活を営む鳩たちが普段餌場にしている場所でもあり、土の中の幼虫や落ちた木の実などを探し啄む大勢の鳩たちを日頃私はよく目にしていた。昼の陽を浴びて光る草の海に首から頭を深々と埋めて熱心に餌を探す鳩たちの姿は田舎のじゃがいも畑に深く腰を屈めた農夫たちの寡黙ではあるがどこか優しい背中の面影やその手に握られた鋤の刃が陽を浴びて銀色に光り煌く有り様を想像させ、その度に私はどこか懐かしい匂いを嗅いでいるような感覚になった。

 昼を少し過ぎて、陽当りの良い街路の一角には積雪に餌場を奪われた鳩たちが大勢集まり、大概は濡れてみすぼらしく見える羽毛に精彩のない顔を浮かべ、古めかしい石像のようにじっと動かないでいた。元々それ程強くはない警戒心すらも完全に失ってしまったらしく、泥の付着した私の黒い靴先が嘴の先端を横切っても彼らは全く反応がなかった。しかしそんな中にもまだ動きを見せる鳩たちも居ないこともなかったが、密談をするかのように小さく寄り集まった彼らが狂熱的ともいえるまでに忙しくつつき回しているものといえば花の模様の描かれた陶器の破片であり、その半ば自棄になっているとしか思えない姿は古風なアパートのランプが灯された一室で花札賭博に夢中になっている汚れた作業着姿の男たちの明日のない熱狂を思わせた。

 そうしてその街路の一角は紙パックの日本酒とすえた汗の臭いが漂ってくるかのような退廃と倦怠の重い空気に淀み、煌々と照る太陽はそんな暴力的とまでいえる鳩たちの無気力を逃げ場なく暴露していた。それは静謐な街の中に不意に姿を現した地獄の裂け目そのものであり、動かない鳩たちを目の前にした人間たちは見てはならぬものを見てしまったかのように目を背け、そこに本当に深い谷間があるかのように鳩たちを避けてそそくさと足早に立ち去っていった。しかしそうした人間たちの様子をじっと見ていた私の顔には抑えることの出来ない喜悦の笑みが浮かんでいた。それは思いもしないところで偶然復讐を遂げたときに浮かぶ、あの密やかな笑みであり、自分のよく慣れ親しんだ公園や通い道が大事件の現場となり瞬く間に全国的に知れ渡って大勢の人間たちの度肝を抜いたときに浮かぶ、あの密やかな笑みだった。