雨の日の夜明け

 雨雫の浮いた列車の窓硝子から覗いた夜明けの街は深い藍色に染まっていた。潜水艦の窓から覗いているかの様に見える街の底に深く沈み込んだ家々の屋根や仄かに光る街灯が白い貝殻や蒼白い珊瑚の軌跡を描いて長椅子に浅く眠り込んだ乗客の背後に現れては消えていた。

 駅のエスカレーターを降りて街に出ると黒灰色の路面の随所に暗い色の水溜りが浮かんでいた。よく覗くと目覚め始めた街を朧げに映し出している水面には円い輪の波紋が止め処なく浮かんでは消えていて、今も尚雨が降り続いている事を静かに教えていた。

 傘を差して暫く歩くと大きな交差点の前に突き当たった。信号機の朧げな赤い光を横目にして時折車が鮪の群れの様に空気を切り裂いて駆け抜けていく。車が向かう先へと真っ直ぐに延びている濡れた車道の先々では蒼褪めたビルの谷底に銀色や橙色の街灯や赤色と青色の信号機の光が幾つも散りばめられていて、雨に滲んで溶けた飴細工のように見えるその光彩は藤色に染まった東の空に沈む隣町の黒い影へと続いていた。

 交差点を渡ると、左手に緑色のフェンスに囲われた広大な駐輪所があり、砂利が敷かれた地面の上では沢山の自転車が黙々と雨に打たれていた。右手はすぐに車道だったがその隙間に四角い植え込みと木が数本植えてあり、木は木蓮だった。傘を肩に寄せてよく見てみると、未だ薄暗い街を背景にして枝先に咲き溢れた花々が蒼白くぼんやりと浮かんでいて、木の下の雨に濡れて黒ずんだ路面には四方に散った花びらが月夜の砂浜に打ち上げられた白魚の様に横たわっていた。