稲葉真弓「エンドレス・ワルツ」

 アンナ・カヴァンは「氷」であらゆる生命の炎を凍らせて物と化してしまう氷の脅威を描こうとしたがその恐るべき氷の発生源のような男がいる。顔を歪めて背中を大きく仰け反り彼が吹き鳴らす破壊そのものの音はまさに氷の息吹で触れるものすべてから熱を奪い去り蒼く凍らせてしまう。阿部薫のサックス。吹かなければ彼自身が凍り付いて死んでしまう男。北の果てから流れてくるその音は物への意志、死に溢れ、しかし同時にエロティック、鋼鉄の官能に震えている。

 或いはどす黒いタナトス(毒)に満ち溢れ、その長い睫毛や濃いアイシャドウに濃密な夜の気配を纏いむせかえるピンクに女を着る女として過剰に存在しようとした鈴木いづみ。彼女もまた自らの存在で氷の意志を体現しまたその乾いたナイフのようなペンであらゆる幻想の微熱を凍らせようとした。写真家の荒木 経惟が幾枚も被写体とした彼女の姿はやはりエロティックで一度見たら瞳に焼き尽いて離れることのない実在感に溢れている。しかしその実在感は彼女自身が創造したのだ。過剰に存在していなければ即刻絶対の氷に熱を奪われて凍り付いた死物と化してしまう北の果て、薫と同じ場所に彼女は生きていたのだ。

 薫といづみ、極北の真空にきらめく太陽の双生児。決して交わってはならぬ二つの過剰な存在はしかし出逢ってしまった。稲葉真弓の小説「エンドレス・ワルツ」はそんな二人の目も眩むような激しい極北の火花を描いた作品である。