氷柱花

Ⅰ.夏

 

川のせせらぎが聞こえる 

背の高い葦の壁に囲われた

大きな砂岩の祭壇の上に

横たわるひとりの少女

清潔に煌めく白い綿の服は

翼を休めた白鳥のように

長い睫毛の瞼を閉じて仰向けに

手足は力なく無防備な様子で

少女は蒼天へ昇った龍の火球

崇拝する彼のまなざしを待っている

 

群れる鳥の黒い影が流れる

羊の雲はやがて白い帝国の城となった

葦の葉に遊ぶ蜻蛉の羽根が虹色に煌めき

赫々と燃える王の瞳が少女の顔上に現れた

瞼の裏の夜が一瞬で血の色の暁へと変わる

黄金色の喇叭を吹く幾千万の天使たち

苛烈な剣山の愛撫が細い身体を刺し貫く

喜悦と苦痛に崩れ歪む顔は聖女の面影

早送りにされた森の季節のように

額や頬、腕や腿に烈火の押し花が咲く

皮膚の下の内臓さえも無慈悲に叩き起こされ

暗い体内の奥へもぐらのように逃げ惑う

小さな身体全体が煮える溶岩の容器となり

穴という穴から流れ出した少女の透明な意識が

砂岩の祭壇の上に琥珀色の水溜りをつくる

‥‥あぁ、堕ちて来る 堕ちて来る‥‥

刻々と彼女の顔に不安が、身体が震え始め

‥‥青が堕ちて来る 彼の瞳が堕ちて来る‥‥

否、堕ちていこうとするのは少女

空へ降る黄金色の霧雨 海へ還る蜉蝣たち

すべての重力の感覚から解き放たれて

深淵の青い海の底に沈んでいる炎の宝玉

不可能の王衣を纏う彼の瞳へ少女は堕ちていく

 

やがて日が傾き

空が薔薇色の光に包まれる頃

背の高い葦に囲われた

赤い血の池に浮かぶのだ

主を喪った白い綿の服

朧月のような白い睡蓮の花が

水底に眠る少女の墓石の上に

 

Ⅱ.夏は過ぎて

 

蝉の声が流れていった

向日葵の笑顔が流れていった

花火は風となって流れていった

夏は洪水のように流れていった

川のせせらぎが聞こえる

少女の王は日々衰えていった

もうその愛のまなざしが

彼女を溶かし去ることはなくなり

白い睡蓮の花は流れていった

無数の死骸を敷き詰めた夜の底

凍り付いた女が横たわる

ついに彼女の王は死んでしまった

凍える風が蒼い唇から零れ出る

もうあの服を着ていない

彼女は裸だった

磨き抜かれた白い大理石の皮膚

黒い睫毛の下には青い氷のまなざし

冬の女王は祭壇の上に立ち上がった

高貴なその面前に葦たちが自ずと道をつくる

漆黒の夜空とひとつになった川

彼女はその新しい宮殿へ

傲然と優雅に雪の香りを残して歩いていく

川のせせらぎが段々と大きくなり

それは蝙蝠や梟たちの祝詞へと変わった

しかし彼女は黙って黒い川の前に立つ

如何なる声も凍った耳には届かない

無窮の虚無を前に聳え立つ白い塔の背中

永劫に変化することのない死の風景

だが不意に一粒の石が女王の足元へ落ちる

黒い川の水面へ波紋を描き落ちていった

滑らかな真珠色に煌めくそのまるい石は

カノジョガナガシタサイゴノナミダ

儚き透明な泡を残して暗い深淵の底へと

完全なる冬の女王の彫像が完成した

しかしそれも数千年前の物語

変わらずに彼女は今日も見つめている

川のせせらぎが聞こえる黒い濁流

夜空の底に沈む白銀の満月が

女王の孤独を風のように照らす