2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

雨の日の夜明け

雨雫の浮いた列車の窓硝子から覗いた夜明けの街は深い藍色に染まっていた。潜水艦の窓から覗いているかの様に見える街の底に深く沈み込んだ家々の屋根や仄かに光る街灯が白い貝殻や蒼白い珊瑚の軌跡を描いて長椅子に浅く眠り込んだ乗客の背後に現れては消え…

白き狼

夜が明ける前、私が駅で待ち続けたものはしかし電車ではなく白き狼であった。獰猛で誇り高く、悪そのものでありながら神でもある、極北の丘の頂に吠える白い孤高。その雪のように白い毛が鮮やかな赤い血に染まる様は、雪白の富士が朝陽に染められていくかの…

鳩たちの倦怠

大雪の夜から二日が経った。雪の海の底に深く沈んでいた街も灰色の毛細血管のように張り巡らされた街路を中心として半ばその普段の景観を取り戻しつつある。しかし、歩道と車道を区切る四角い植え込みの列や古めかしいアパートと個人経営の床屋の間にある物…

奇術師の白いハンカチ

夜が明ける少し前だった。濃い霧は奇術師が振りかざした白いハンカチのように、眠る街を綺麗に消し去っていた。見る影もなく消された建物の中にはこの街で空に一番近く聳える白い煙突塔も含まれていた。 毎夜、白い煙突塔の腰と胸と頭頂部には赤い星のような…

街灯の亡霊

しかし、あれは何であったか。闇のなかひそやかに灯る街灯の周りに浮かぶ円い光である。四方形であるはずの街灯の光が夜明け前の一層暗い闇のなかでは円く光る。それだけでも太陽や月が実は丸くはなく、あの街灯と同じように四方形なのではないか?という疑…

午睡

優しさが白いカーテンを揺らした。隙間から陽だまりの庭に置かれた赤い自転車が見える。それは森の切れ間に覗かれる陽の光を満面に湛えた池の畔でひと休みしているかのようである。今にもその自転車の持ち主が欠伸や背伸びなどしながら「やあ、やあ」とこち…

冬の終わり

大海の彼方で産声を上げた春の嵐は真夜中になるとこの街の辺境にも姿を現し、荒波が岩礁に砕けるような雨音や鯨の鳴き声のような風音が鎧戸に閉め切られた部屋の暗闇にも遠く響いていた。鳴り止まぬ風雨の音は部屋の中で眠り込んだ男を幾度となく揺り起し、…