白き狼

 夜が明ける前、私が駅で待ち続けたものはしかし電車ではなく白き狼であった。獰猛で誇り高く、悪そのものでありながら神でもある、極北の丘の頂に吠える白い孤高。その雪のように白い毛が鮮やかな赤い血に染まる様は、雪白の富士が朝陽に染められていくかの如き、高貴さに添えられた華である。かくの如き白狼を私は駅で待っていた。
 しかし、実際に狼は電車の座席に腰を下ろした私の頭上にはたと現れたのである。それは天井に吊るされた広告の中に居た。多摩動物公園の何かの企画で、広告には巨大な狼の写真が写っていた。白くはなかった。しかし未だ人間の手に汚染されていない原野そのものであるそのごわごわとした毛並みは紛れもなく狼のものであり、真横には更に念を押すように大きくWOLFと表記してあった。私は願いが唐突にしかし当然のように成就したことに驚くとともに歓喜し、更にはその不意の邂逅に啓示的なものさえも感じた。

 そうして私と狼を乗せて電車は走った。狼は紙一枚のとても薄い身体をしていたが、夜の波が引いていく街の彼方を厳しく見詰めるその眼差しは昇り始めた朝陽を映し赤く燃えていた。