たんぽぽ

灰色の陰鬱な空から
蒼い雨が音もなく
かりそめの言葉が
傘に生まれては消える

ひらひら
ひらひら

黄色い蝶をみた
たんぽぽの思い出が
雨の垂れ線を縫って
俯く人の群れを縫って
僕は蝶を追った

ひらひら
ひらひら

泥まみれの水溜りには
破れたサーカスのちらし
ビルの黒い影が浮かぶ
円い波紋を描く玻璃の下で
顔のないピエロが

ひらひら
ひらひら

巣穴を失った
黒い蟻の群れが
アスファルトの砂漠の上を
光の国をさがして
開かれた紙の白い濃霧に
理由をさがして
死の湖へと世界が沈む前に
最後の夜が来る前に

ひらひら
ひらひら

道は途切れた
血のように黒い
汚れた水を飲み込む
排水溝の暗い口腔
彼女の嬌声が聞こえる
いつでもどこでも
青い血管が透ける
その真っ白な股をひらいて
だれでもかれでも
男たちの欲望に似た不安を
更に深く広い不安の黒い海で
飲み込んで飲み干す彼女の震え
羽毛という羽毛を
すべて毟り取られて
それでも生きている鳩をみた

わたしの太腿をみて
熱くいやらしいまなざしで
真っ白で雪のようでしょう
でもほら、ここに黒いほくろ
これは死を呼ぶ黒星よ
あなたもう死んでいるわ

ひらひら
ひらひら

護送車が停まる
鉄の塊を華麗に避けて
蝶はその向こうへ
鉄格子の窓に
分厚いカーテン
彼らはあの蝶を見ただろうか
きっと見ただろう
善と悪の壁を越えて
観念と現実の壁を越えて
蝶は舞うから
蝶は歌うから
たんぽぽの思い出は
誰の心にも

ひらひら
ひらひら

僕は行けない
僕はここで終わりだ
身体がひどく重くて
僕はこの黒い河を渡れない
蝶を見失ってしまった
傘を片手に座り込む
排水口へ流れて
落ちていく蟻たちの死骸
するとまた
彼女の嬌声が響き始める
溝の香りに満ちた
汚い泥の雨に汚れた
僕は顔を沈める
ざらつき荒れ果てたその唇に
僕の唇を重ねる
僕の最後の熱と光が
彼女の暗黒に堕ちていく
それは銀の糸となって
僕はその糸を伝う蜘蛛だった
底の見えない闇の底で
僕は裸のたんぽぽをみつけた