孤絶の塔

朝の来ない窓を浮かべて
かなしい骸骨が沈んでる
誰も知らない海の底で
魚たちの消えた海の底で

かの塔は
北の果て
鉄の香りの潮風と
黒い波が砕ける
断崖の岬にあった
地を遥かに聳える
人はそれを
孤絶の塔と呼んだ

塔の首には
細長い蛇の雲が
幾重にも幾重にも
螺旋状に巻きつき
雨の日も月の日も
きつく
きつく
蛇は容赦なく
塔の首を絞めつけた
同時に亀裂の隙間から
灼熱の猛毒を注ぎ続けた
塔の苦悶の絶叫は
雨の日も月の日も
片時も止むことなく
しかしその響きさえも
残酷な蛇の餌となった

塔の最上階には
双子が住んでいた
男の子と女の子
汚れなき
二人の白い天使は
隣り合う別個の部屋に
生まれたときから
各々幽閉されていた
鉄格子の嵌められた窓
細い隙間から見える世界が
二人のすべてだった

男の子は寂しさを口笛にして
女の子は不安をしゃぼん玉にして
白い空へと飛ばし
いつも二人慰め合っていた

男の子の部屋の窓辺には
小さな植木鉢が置かれていた
とても綺麗な赤い薔薇が咲く
遠い昔にそう教えられて以来
男の子は毎日欠かさずに水をあげて
とても大切にその植物を育てていた
いつか真っ赤な花が咲いたとき
隣の部屋の女の子に見せる
そのときの笑顔を
未だ見たことのない笑顔を
何よりも楽しみにしていた

しかし
ある日ついに
塔は崩れ始めた

絶望と恐怖の虚空に
女の子は声も出せずに震え
今にも死んでしまいそうだった
男の子はそんな彼女を
勇気づけようと
いつもの愉し気な口笛を吹いた
しかしそれでも
女の子の震えは止まることなく
男の子は悩んだ
必死な顔で考えた
窓辺の植木鉢は
ついに薔薇を咲かせることなく

崩れ落ちてくる天井の石
女の子の心臓は止まりかけていた
すると窓の向こうから
まるで火の精のような
美しい深紅の花びらが
数え切れないほど舞ってきた
興奮して女の子は叫んだ

 これはなに?

 赤い薔薇だよ
 咲いたんだ
 やっと

 とても綺麗
 ほんとうに綺麗だよ
 ありがとう
 ありがとう
 ありがとう

女の子は大粒の涙を流して叫んだ
しゃぼん玉より透き通った
温かい雫たちが虹色にきらめいて
薔薇の花びらとひとつに溶け合った

しかしそれを最後に
男の子の声も口笛も
まるで聞こえなくなった
すると鉄格子の隙間から
舞い込んできた花のひとひら
女の子の手に落ちて
彼女の手の平を赤く染めた
女の子は気が付いた
あの薔薇の赤い花びらは
自分で自分の身を切り裂いた
男の子の赤い血だった

それから間もなくして
女の子の部屋の窓からも
男の子と同じ色の花びらが舞った

光は失われた

孤絶の塔は
自身の死苦すら忘れ
二つの真っ暗な眼窪から
慟哭の血の涙を流し
跡形もなく崩れていった
真っ白な蛇の胃袋へ
すべて呑み込まれていった
大地は薔薇の花びらに埋まり
最後あまねく虹色に光って
やがて黒ずんでいった