接触

 夜間を通して降り続いた雨も朝には霧雨となり、昼を過ぎた頃には完全に止んでいたが空の上は未だに襞の陰影がふやけた牛の小腸のように見える灰白色の雲に覆われ、羽ばたいて横断する鳥たちの影を殊更黒く際立たせていた。
 鴉が虚空を頻繁に往復している。黒い翼を大きく広げて嘴に細長い枝を咥えた鴉の視線の先には鉄楓の巨木が聳えていた。
 終日多くの車が行き交い排気ガスに淀んでいる幅広い十字路の一角で空の雲海にあとほんの僅かで届くかに見える鉄楓の巨木は夢と現実の狭間にぼんやりと仰ぎ見る白い石塔のように聳え、一枚の葉も付けずに剪定の鋸に随所両断されている太い枝の断面や剥き出しになっている白い骨のような形成層、更には根元を支えている鉄骨とその下を覆っている黒い布などがこの高い木を尚のこと硬く無機質な構造物のように見せていた。
 あまりにも巨大な対象を目の前にしたとき、その対象を自分の手先の延長線上にある実存だとは感じられず、抽象的な観念としてしか捉えることが出来ないという傾向を男は持っていた。例えば、高層マンションの前に立つとき、それが現実に存在する物質、鉄や白い塗料で造り上げられた構造物だとは感じられず、言葉やイメージを組み合わせて作られた観念の構造物であり、時間と同じように在るといえば在るし無いと云えば無いというような曖昧な存在、観測者に存在の確実性を依存する想像の産物と見分けが付かないのだった。目を閉じてまた開いたとき、マンションが跡形もなく消えていてもさして驚かないだろうと男は予感するのが常だったが、それは男にとってマンションが消えることは頭の中に浮かんだ数字が瞬く間に消えるのと大差がないからであり、そのような想像的マンションの無数に穿たれた蜂の巣の穴のような窓の中に自分と同じ生身の生きた人間が存在しているとはどうしても思えず、マンションの玄関の入り口から突然人間が出て来たりすると男は眺めていた絵の中の人物が不意に画布から飛び出して来たかのように驚きまた奇妙な違和感を感じるのだった。
 抽象的観念としてしか捉えることの出来ないのはしかし巨大な対象に限られたものではなく、太陽、空、街、人間、ありとあらゆるものが男にとっては観念的存在に映り、ときには鏡の前に映る自分の姿さえも想像の産物なのではないかという疑いを抱いた。巨大なものがひときわ観念的にみえるのはそれだけ自分の内的現実と遠い存在だからであり、多少の僅差はあれどありとあらゆるものは無限に遠い存在として男の目の前に置かれていた。現実からの乖離断絶を常に感じ、男が渇望しているものは唯一つその現実に触れることだけであったが、しかしそれこそ紛れもない現実にほかならなかった。
 街というものは人間作り出した観念の産物であり、発達し発展していくほどに純観念的に進化していく、いわば観念の結晶化現象だと男は考えていた。結晶の街は硬質な鉄やコンクリートで形作られ、白や灰白色の塗料で塗り込められ、動きはすべて機械の正確な計算によって或いは機械のように優秀な人間にとって制御されている。そこから排除されていくものは、肉のように柔らかいものであり、黒や黒に近い色のものであり、不規則な動きをみせるもの、つまりは自然発生的な暴力、その延長線上にある死の影であった。死は芽を出す前にその予兆から摘み取られていた。駅の前には必ず交番があり、腰に拳銃を差した警官が座って、単身赴任の夫の帰りを待ち続ける窓辺の人妻のように来たるべき暴力の影に備えていたが、彼らの待ち望む暴力がやって来ることは稀であり、ときおりやっと道を尋ねに異国人がとぼとぼ歩いて来るぐらいであった。待ちわび兼ねて黒を白で押し包んだ車で警官は街に飛び出していくが、波一つ立たない静謐な街はさながら不毛海域のようであり彼らの漁船が魚を見つけて頭の上に乗せた赤いランプを光らせることはついになく、虚しく肩を落としてまた交番へと帰っていくのが大概であった。それも至極当然なことで、暴力の影は彼らが探しに出かける遥か前から根こそぎ刈り取られているのであり、早朝から籠の台車を引いて何人もの掃除夫が夜の残骸を掻き集め、ビルの会議の机の上では古い建物を取り壊し新たな建物をつくる計画が毎朝練られ、鴉や椋鳥は駆逐され、野良犬や野良猫は見つけしだい保健所に連れていかれ、近年になって街中に張り巡らされた監視カメラの出番を待つまでもなく行き交う人々の鋭い視線が絶えず光り、浮浪者は皆無でときおり見かけても勤勉に秩序正しく毎日同じ場所に立ち同じ雑誌を売っていた。僅かに掻き集められた暴力は救急車の白さに包まれて郊外に城のように構えた病院の中へ、鉄格子の嵌められたバスに揺られて見たこともない丘の上の堀の中へ、或いは青い象のように大きな車に街外れの集積所へと運ばれると悉く燃やされて、その白い煙はこの街で一番空に近い白い煙突塔の先端から終日流されていた。
 それではこの街に住む人間は現実感を男のように失っているかといえば、そうではなくこの街の人間の多くは現実感を絶えず摂取し、飼い豚のように肥えていた。ドクダミの草のように街にはラーメン屋を始めとしてありとあらゆる飲食店がはびこり香ばしい匂いを終日遠くまで漂わせ、スーパーやコンビニに行けば観念に加工され調理された動物や魚の死体が清潔に煌びやかに陳列されていた。ゲームセンターやパチンコ屋は朝からネオンとともに派手な音響を響かせ、デパートの中で或いはカフェの中で愉快な或いは物悲しい音楽は常に鳴り響いていた。道端には手入れの届いた植草や植木が整然と並び、その横をもはや狼の面影などまるでない調教された玩具のような子犬を引き攣れて白いワンピースを着た女が幸せそうに歩き、女の頭上にはビル群の直線に切り取られた多角形の空が浮かんでいる。太陽が沈んで観念の力が高まる夜になると、夜通し開いている賑やかな居酒屋や御洒落なバーで男たちは唾を飛ばしながら酒で観念を溶かし込み、それでも物足りない場合はラブホテルや風俗店に駆け込んで女の柔肌を通して現実の熱い感触を肌に染み込ませる。いや、多くの人間はそこまでしない、大概は自分の部屋のなかに引き篭もり、呪われた想像力と情報器具を駆使して現実感を安全に摂取する。ポップコーンを片手に一家惨殺事件の顛末を追い、外国で飢えて死んでいく子供たちを憐れみ、不倫が発覚して崩壊していく人生を嘲笑う。二次元の世界では更に顕著に、瞳だけが異様に大きい無垢な少女たちが魔法を駆使して殺し合い、痩せ細った女のような男たちが盛んに淫らな愛を交わし、ゲームの世界ではライフルや機関銃を撃ちまくり、女や子供関係なく殺して街中を血に染めることも出来たし、ポルノを見れば強姦など当たり前で、どんな過酷な拷問でも女に科すことができたし、その逆ももちろん出来た。
 明るい穴倉のなかで想像力は厄災のようにどこまでも広がり、それに見合う現実感を得るだけの技術を人間は獲得していた。現実感の蜜は観念の安全な鉄の檻に守られた飼い豚の口に絶えることなく流し込まれ、その中で豚たちは満たされ幸福に眠り込み、この街は穏やかな平和に包まれていた。
 しかし、現実と現実感というものの間に絶対に越えることの出来ない隔たりがあることを男は知っていた。偽物はどれほど精巧に本物に似せて作ろうと偽物であり、完全に見える贋作は稚拙な偽物の絵よりもかえって本物の絵に対する越えられない一線を際立たせて男の前に突き付けていた。この街は綺麗であり秩序もあり尚且つあらゆる欲望を満たす物質に満ち溢れていたが、唯一つ美しさだけが欠けていた。美しさとは死と向き合う人間の意識だけが感じ取ることの出来る世界の現実そのものだった。
 美しさとは単なる趣味の問題ではなく現実の世界そのものであったから、観念の檻から飛び出して現実に触れたい、つまりは本当の意味で生を生きたいと渇望する男にとっては切実を通り過ぎて人生で唯一の問題であった。美しくなければ現実ではないし、現実でなければ美しくはなく、現実とは想像が入り込む余地が一切ない美しさであり、美しさとは仮初の現実感を喪失させる現実そのものであった。
 美意識を持たない飼い豚たちが造る街は当然のごとく美しくはなく、現実から遠くかけ離れた砂上の楼閣の中で安寧に暮らす飼い豚たちの醜い姿は街を彷徨う魂を持たないゾンビのように男の目には映っていた。
 しかし男もまたゾンビの亜種であることには違いなかった。男は電車に乗る機会が多く、その日も開閉式ドアの前に立って空と蒼い山脈の彼方に憧憬の眼差しを注いでいたのだったが、空と蒼い山脈がビルの群れに掻き消されて不意に暗くなった硝子窓にうっすらと半透明な男の姿が映し出された。男はその朧げで亡霊のような自分の姿が鏡や写真に映り込んだ自分の姿よりもひどく自分の真実に似つかわしい姿に思え奇妙な納得と安心を覚えていたのだが同時にその亡霊の瞳の中には手摺に掴まってぼんやりと立っているゾンビ姿の自分が映り込んでいることにもまた気が付いたのだった。
 ときおり電車が激しく揺れると、男は手摺から手を滑らして目の前の硝子窓に手を置いて身体を支えていたが、そのとき同時に亡霊も手を伸ばし男と亡霊の手はぴたりと綺麗に重なっていた。蒼白い亡霊の手の平は冷たく硬い観念の感触そのものであったが、一方亡霊の手の平は男の手の平に熱く柔らかな現実の感触を感じていたはずだった。
 幾度となく訪れた鉄の揺り篭の激しい揺れは男のなかにひとつの思想を熟成させていった。それは亡霊へと至る道筋であり、自分の意識を身体から完全に切り離してあの硝子窓の内側に閉じ込める、つまりは自分を純粋に観念的存在にしなければならないということであった。なぜなら現実の完全な扉は純粋な観念的存在にのみ開かれているからであったが、それは過去に数多の宗教や哲学が説いてきた奥義であり、芸術家が懊悩の果てに一瞬垣間覗く彼岸の赤い花であり、赤い血を流して斃れゆく戦士の瞳に映る蒼い空であり、男が常に予感し惹かれつつも巧妙に卑怯に怠惰に避けてきた思想であるとともに、男が生まれる遥か前の大きな戦争で合理主義の前に敗れ去り廃れ切った神々の思想であって、透けた硝子窓越しに蟻塚のように広がる鉄とコンクリートに堅固された灰白色の街は神々の累積した死体の上に築き上げられているのであった。