2019-07-06から1日間の記事一覧

接触

夜間を通して降り続いた雨も朝には霧雨となり、昼を過ぎた頃には完全に止んでいたが空の上は未だに襞の陰影がふやけた牛の小腸のように見える灰白色の雲に覆われ、羽ばたいて横断する鳥たちの影を殊更黒く際立たせていた。 鴉が虚空を頻繁に往復している。黒…

想像力

想像力が人間を生の現実から遠ざけ、想像力が生身の人間を現実から守っている。或る一つの街とは或る一つの人間集団が造り出す共同的想像力の結晶である。 全ての欲望は想像力によって人間が生の現実から遠ざけられていることから生じている。想像力は生身を…

私は言葉を憎悪してきた。言葉を殺す現実をひたすら探し求めてきた。言葉は私の現実を小さく閉じ込める檻の様なものだった。私はまた現実に恐怖してきた。現実を殺す言葉をひたすら探し求めてきた。現実は無際限に拡がっていく厄災の箱だった。 そうして言葉…

部屋のなかを一匹の小さな黒い蠅が飛んでいる。飛ぶことの楽しさを謳歌するように部屋を飛び回っている。高い空を飛ぶ鳥の黒い影を思わせる。 高く広い空を飛ぶ鳥の姿が黒く小さな蠅のように見える。ということは、鳥たちには私が地上に張り付いた小さい黒い…

尻尾

陽が落ちて玄関の前を通ると、何かの気配が素早く靴箱の陰に隠れたのを見止めた。ゴキブリにはもう見慣れていてそれがゴキブリでないことは直ぐにわかった。更に良く見てみると靴箱の陰から白く細い尻尾がはみ出している様子が伺えた。それはまだ身体の小さ…

傷跡

月の見えない暗い夜が明けると太陽の見えない白い朝が訪れた。 二つの瞳は夢から半ば覚めていなかった。白い蛍光灯が縦一列に並んでいる天井が酷く眩しく見える。熱を感じさせない観念的なその光は吊り革の丸いプラスチック製の輪、中吊り広告紙の表面、ステ…