日記08/21『小さな貝の夢』

 オーロラの海を漂うくらげの群れ。穏やかな音楽のような光の輪郭に包まれて、心優しいくらげたち、瞳のない海の妖精が水の上へ、真っ白な太陽の光のなかへと溶けていく。僕はそんなくらげたちの上昇を深い海の底から見ている。まるで糸の切れてしまった凧を見上げる幼い子供のように。僕は沈黙の海底に横たわる一匹の貝だった。『ああ、なんて遠いんだ』『僕には遠すぎるあの光。僕は飛ぶことが出来ない。僕の身体はひどく重くてあのくらげたちのようには飛んでいくことが出来ない』だから僕は‥‥。海の底の貝は裂けてしまいそうなくらい口を大きく開き始めた。まるで音符のように透明な泡がいくつも浮き上がる。「だめだよ。そんなに口を開いてしまったら身体が裂けてしまう」周りを泳いでいた魚が語りかける。だけどもうその貝には何も聞こえていない。貝はまた更に大きく口を開く。貝の中の身体が見えなくなるほど裂けた口にあふれかえる透明な泡。重なり合うたくさんの音符たち。叫び声をあげて両目を覆う魚。決して戻ることの出来ない何かが切れるひとつの大きな音が響いた。

 ぶくぶく、ぶくぶく。まるく透明な泡が水のなかを昇り始める。ゆっくりとゆっくりと。小さな貝の歌が、憧れが、祈りが穏やかな音楽のような光の輪郭に包まれて、心優しいくらげたち、瞳のない海の妖精たちとともにオーロラの海から水の上へ、真っ白な太陽の光のなかへと溶けていく。