永遠とは永続する時間のことではない。永遠とは過去と未来、認識に対する認識によって生まれる「私」と時間、その虚妄のヴェールが取り払われたときに立ち現れてくる今このときの現実そのものである。過去も未来も失った(それから自由になった)人間は永遠を生き始める。かつて「祭り」の時間こそ人々がその永遠の今を生きる神聖な時間の外側の時間だった。私が勤行、完全なる遊戯、芸術によって取り戻そうとしているのもその「祭り」である。私もかつてその永遠を生きていたのだ。