それが実在するもの「本物」であるか見極めるにはそのものを静謐な冬の森の中に於くだけで十分だ。「本物」実在するものはその清らかな沈黙の中に溶け込むことが出来る。「偽物」創られたものは不協和音を撒き散らし沈黙を汚してしまう。あらゆる企図作為を沈黙は冬の森は拒絶する。ただ透き通った見えない「純粋」だけを沈黙は冬の森は迎え入れる。かつての日本人はそれをわかっていた。彼らは何も創造しなかった。彼らは自然を発見しその子供を自然へと帰した。

 しかし「偽物」さえも時の流れがその企画作為「意味」を洗い流して「本物」へと変える。蔦の絡まる遺跡、首のない彫刻、時を刻まない懐中時計、悠久の時は物に美の烙印を押す。この「意味」だらけの醜い街もいつかは時に浄化されるだろう。ああでもしかし、空を渡るあの鳥たちの瞳にこの街は既に美しいのではないだろうか?この街に溢れる「意味」も鳥たちにとっては何の意味もない。人間がどんなに傲慢に尊大に人工の御旗を振っても彼らにとっては他の風景と変わることのない自然、沈黙、冬の森の一部に過ぎない。鳥は遥か未来、この街のあらゆる「意味」が滅び去った未来の時からこの街をこの街の人々を見ているのだ。しかしながら彼らはその美しさを語る言葉を持たない。彼らの歌を人間は理解できない。では旅人ならどうだろうか?この街とはこの現代に生きる人々とはまるで何の関係も関連も持たない完全に孤独な異邦人。未来の時から来た鳥と同じ瞳を持つ彼ならきっとこの街の美しさを語ることが出来るだろう。この現代に生きる人々の美しさを人間にわかるように歌うことが出来るだろう。そうして彼は芸術家はその子供を自然へと帰す。あの沈黙へあの冬の森へと「本物」を返すのだ。