物憂げ

 物憂げに鳴いている鳩の声がして、部屋で眠り込んで居た私は目を覚ました。既に起きていた水槽の中の小魚が薄明かりを通して訝し気に私を見詰めている。突然起き上がった巨大な身体に驚いて水面から威勢良く飛び跳ねる小魚も居た。するとまた物憂げに鳴いている鳩の声が聞こえて来て、今度は聞き流さずに音に対して良く耳を澄ました。鳩の鳴き声だと思って居たのは大きな勘違いで、物憂げな音を出して居る物の正体は家内に入り込んだ風に揺れて軋む私の部屋の扉であった。真実が露わになると、忽ち鳩の鳴く声は幻となって消え去り、扉の軋む物憂げな音だけが私の部屋に残った。物憂げも鳩と一緒に消えてくれれば良かったのだがそうはならず、物憂げは重たい腰を降ろして朝を始めた私の部屋に居座り続けた。辛気臭く鬱陶しい来客に対して無視を決め込む事にして私は毛布を被って再び眠ろうとしたのだが、物憂げな音は毛布越しにも聞こえて来て全く眠る事も叶わなかった。部屋の空気が読めない厚かましい来客に対して段々と腹が立ち始め、私は思い切って立ち上がると部屋の扉を乱暴に開け放った。鋭い悲鳴の様な音が周囲に響き渡り、強い風と眩しい朝の光が私の顔に吹きかかった。物憂げは跡形もなく消えていた。私はほっと胸を撫で下ろし腰を床に沈めてゆっくりと煙草に火を付けた。何となく開け放たれたままの窓に目を遣ると、庭に植えられた梅の木の新緑の葉々が大きく波を描いて揺れて居る様子が伺われた。どうやら今日は終日強い風が吹き荒れそうだなという懸念が心中を過ぎり、私は物憂げな思いで白い煙を宙に吐き出した。