ビン

 私の思考や感情、私の観て来た世界、私の全てが詰まったひとつのビンがある。そのビンは黒く濃いガラスで覆われていて外からその中身を窺い知ることは出来ない。そのビンの中身を見たり聞いたり触ったり出来るのは私自身だけなのだ。
 でもたまにビンの中身を1人で抱えている孤独に耐えられなくなる。そんなとき私はビンのふたを開けて少し取り出した中身を他の誰かに見せたりする。しかし、それはほとんどの場合上手くいかない。ふたを開けて空気に触れた瞬間にビンの中身は変質してしまう。ビンの中に入っていたときとは似ていても、全然違うものになってしまう。それを見た他の誰かは私のビンの中身を褒めたりけなしたり様々な感想を言うだろう。
それに対して私は心の中で『違う、それは私のビンの本当中身ではない。』と否定し落胆する。そして私はビンの蓋を閉める。以前よりもずっと固く、二度とふたを開けない決心をしながら。
 結局、私は死ぬその瞬間までこのビンの中身を独りで抱えていくしかないのだ。そして死んだ瞬間ビンは割れて中身は空を漂ったり海に流れながら消えていくのだろう。
 今日、道を歩いていたら私の黒い靴の角にひとつのビンの欠片が当たった。きっと誰かがずっと独りで抱えてきてたビンの欠片なんだろう。そして最期に砕け散ったビンの欠片なんだろう。でも、私の目にはビンの欠片しか映らない。ビンの持ち主の断片すら思い浮かべることは出来ないのだ。私はどうしようもなく悲しくなった。そしてビンの欠片を拾うと自分自身のビンの中にそっとしまいこんだ。