契約

 路辺に咲いた蒲公英の花を見る。その場から過ぎ去る。振り返って再びその蒲公英の花を見る、或いは頭のなかにその蒲公英の花を思い描く、そのとき私は契約の印を押したのである。その蒲公英が私にとって現実だという契約の印を。契約は私がその蒲公英を現実にる度に或いは頭の中で想起する毎に更新され、更新される度にその蒲公英が私へ与える現実感は強くなり、その存在が私にとって重要なものとなる。

 知らず知らずのうちに人はそんな現実感の契約を物や人間、それから何かの観念や感情と結んでいる。その対象を彼が好ましく思っていようが嫌悪していようがそんなことは関係がない。その対象を見てまた再び見たとき、反復した瞬間強制的に契約は結ばれ、彼にひとつの現実感が生まれ、彼の意識はその現実感に束縛されていく。彼の欲望、感情すらもその現実感をもとに構成されていく。彼は黄色が好き。彼のその好みの背景には彼が知らず知らずに結んできた現実感の契約が潜み、あの蒲公英が微笑んでいるのだ。