詩と小説

ひよどり

雲は厚く 降り始めた 雨の御手先が 枯れた野原を濡らす また冷えた秋の風に ひよどりが狂おしく 禿げた木の上で鳴いている

すすり泣く落ち葉の声に目覚めれば月の花咲く無手の幽木

夜啼き鳥簾めくりて眺むれば闇を羽ばたく青い三日月

吹きすさぶ 木枯らし抜ける 垣のうら 跳ねては騒ぐ 椿の蕾

鳥もなき暮れ方まえのかすみ空はや目くるめく月はまどかに

白丁花

明けの藤の空に 仄かと咲く白丁花 冷めた青い葉の座敷に 常夜の浮かれ女たちは 崩れたおしろいをなおし ああ風の波が寄せるごと 甘く苦しい夢の吐息が いまだ微睡む蜜蜂たちの 無垢ないのちを揺り起こす

まぼろしの夕焼

灰の花びらを指間から撒いてあてもなくひとり靴も履かずに歩いた風のない野原の終わりは真っ黒な貌の林だった樹冠に色づく葉の群れが赤い火の粉を散らし悪い女たちを焼いていた恨みや苦悶や嘆願や膿んだ空が終わりを吸ってまた更に膿んでいった

咳払い

小さな蝶の羽ばたきが地球の裏で嵐を起こすあれは嘘なんですいつだって嵐の原因は深い井戸の底に棄てられたさみしい骸骨女の咳払いそのかなしい風なんです

接吻

僕は窓辺の薔薇で君は窓辺の百合だった二人のキスは禁じられだから二人は蜂を飼った尽きることのない憧れに苦しみ悶える二つの吐息は青い空を自由に巡る小さな蜂のなかで一つに熊さえ殺す毒となる

霧雨

霧の雨深々朝の庭微睡む自転車寝返り打つ草の葉古木の迷宮では四十雀があそび鳴きもせず鬼を追う子らの頭へたまゆらの光虫がきらめいては溶けてゆく

孤絶の塔

Ⅰ 朝の来ない窓を浮かべてかなしい骸骨が沈んでる誰も知らない海の底で魚たちの消えた海の底で Ⅱ かの塔は北の果て鉄の香りの潮風と黒い波が砕ける断崖の岬にあった地を遥かに聳える人はそれを孤絶の塔と呼んだ 塔の首には細長い蛇の雲が幾重にも幾重にも螺…

たんぽぽ

灰色の陰鬱な空から蒼い雨が音もなくかりそめの言葉が傘に生まれては消える ひらひらひらひら 黄色い蝶をみたたんぽぽの思い出が雨の垂れ線を縫って俯く人の群れを縫って僕は蝶を追った ひらひらひらひら 泥まみれの水溜りには破れたサーカスのちらしビルの…

永遠

天使の骸が転がる蒼い草原の片隅で崩れた石柱に凭れ夢うつつと微睡むわたしのまぶたをシャボン玉の光がやわらかに撫でる山が見える地平線見渡せるかぎりに永遠がみちていた わたしの靴の前の赤詰草の花の上にしじみ蝶がとまる二対の小さな羽をゆっくりと開い…

夜の鳥の卵

ああ、神様、ああ、私の神様。どうかどうか私に翼をください。何も見えない何も聞こえない何も感じられないこの永遠の井戸の底から私を解き放ってくれる二対の羽根。黒く輝くその翼を広げて空に輝くあなたの瞳の中へと私は今すぐにでも飛んでいきたいのです…

氷柱花

Ⅰ.夏 川のせせらぎが聞こえる 背の高い葦の壁に囲われた 大きな砂岩の祭壇の上に 横たわるひとりの少女 清潔に煌めく白い綿の服は 翼を休めた白鳥のように 長い睫毛の瞼を閉じて仰向けに 手足は力なく無防備な様子で 少女は蒼天へ昇った龍の火球 崇拝する彼…

青い鳥の詩片Ⅲ

過去、twitterに投稿した詩の数々。 古いものから順に置いていきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 太陽への階段 十三の階段 ひとり孤独に 裸足で上がる 俺は今何段目? 段々と眩しい視界 少しずつ肌も焼け ああ…

青い鳥の詩片Ⅱ

過去、twitterに投稿した詩の数々。 古いものから順に置いていきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 蒼白い指の先が震えるのは不安と胸の高鳴りとその両方と。 小さな肩に重いヴァイオリン乗せているのは小さな少…

青い鳥の詩片Ⅰ

過去、twitterに投稿した詩の数々。 古いものから順に置いていきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 目を覚まして窓を開けると 夜の殻がひび割れていく音がした。 それはガスバーナーで赤い林檎を焼くような音で…

日記08/21『小さな貝の夢』

オーロラの海を漂うくらげの群れ。穏やかな音楽のような光の輪郭に包まれて、心優しいくらげたち、瞳のない海の妖精が水の上へ、真っ白な太陽の光のなかへと溶けていく。僕はそんなくらげたちの上昇を深い海の底から見ている。まるで糸の切れてしまった凧を…

遠い夏

昼を過ぎて陽射しはまた更に強くなった。街全体に白い瘴気のような陽炎が立ち昇り、歪んだ視界の彼方に蜃気楼のような高層ビルが浮かぶ。太古の威光を取り戻した太陽は禍々しく空は悲劇的な青さに輝いている。絶滅した恐竜の最後の一匹が斃れたときもきっと…

私の知らない海

風が吹き荒れている。近所で改装中のビル、その外壁全域を覆い包む灰色のシートが強い風を受けてぱたぱたとまるで港に停泊している巨大な船の帆のようにはためいている。「出航の朝だ」私は呟く。何処へ?私の知らない海へ旅立つのだ。昨日の朝、人差し指の…

幽体離脱

既に夜は明けていた。私は駅の改札を潜り抜けていた。朝も夜もない駅の構内。掲示板には先々週に終わった祭りのポスターがまだ貼られている。私が行かなかった祭りのポスターだ。構内には誰も居ない。私は階段を昇り始める。一段、一段、駅のホームへと上が…

聖雨

※<R18>性的な表現があります。18歳未満の方は移動ください。 関東にまた台風が近付いている。大粒の激しい雨が降ったかと思えば間も無くしてそれが嘘のように晴れ渡る。性急で気紛れな大空の交響曲。その出鱈目な指揮の動きに合わせて大勢の蝉たちが鳴い…

窓の外のひまわり

酷い憂鬱と倦怠に包まれている。憂鬱がみしみしと身体を圧迫する。一歩たりとも動けない。硬い床の上に横たわっている。蝉の声が遠くに聞こえる。また更にみしみと身体が圧迫される。衝動的に自分の身体を引き裂いてしまいそうだ。そうしたら何かが出ていく…

夏がやってきた日

朝目覚めると窓の外は既に熱気を孕んだ眩しい光に包まれていた。雀たちの鳴き声、近所の家から車が発進する音も聞こえる。まるでこれから友人たちと車で海へ出掛けて行くような爽やかさ。こんな夏の朝を待っていた。真っ白な牛乳を飲んで食パンを齧る。 じん…

ビン

私の思考や感情、私の観て来た世界、私の全てが詰まったひとつのビンがある。そのビンは黒く濃いガラスで覆われていて外からその中身を窺い知ることは出来ない。そのビンの中身を見たり聞いたり触ったり出来るのは私自身だけなのだ。 でもたまにビンの中身を…

ピアノ

其れは、後頭部に重く冷たい銃剣を突き付けられ、許しを請いながらピアノを弾く老いた男の死刑囚だった。男の震える手が鍵盤を叩くたびに調子外れの音が辺りに響き渡る。そのたびに男は後頭部を銃で小突かれて、其れを取り囲んだ数を知れない観衆たちの笑い…

接触

夜間を通して降り続いた雨も朝には霧雨となり、昼を過ぎた頃には完全に止んでいたが空の上は未だに襞の陰影がふやけた牛の小腸のように見える灰白色の雲に覆われ、羽ばたいて横断する鳥たちの影を殊更黒く際立たせていた。 鴉が虚空を頻繁に往復している。黒…

想像力

想像力が人間を生の現実から遠ざけ、想像力が生身の人間を現実から守っている。或る一つの街とは或る一つの人間集団が造り出す共同的想像力の結晶である。 全ての欲望は想像力によって人間が生の現実から遠ざけられていることから生じている。想像力は生身を…

私は言葉を憎悪してきた。言葉を殺す現実をひたすら探し求めてきた。言葉は私の現実を小さく閉じ込める檻の様なものだった。私はまた現実に恐怖してきた。現実を殺す言葉をひたすら探し求めてきた。現実は無際限に拡がっていく厄災の箱だった。 そうして言葉…